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 イエスは答えて言われた。

「『人はパンだけで生きるのではなく、

 神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」

                新約聖書マタイの福音書 4章4節

12月1日(月)

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。…喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。

                   ローマ12章9節 

自分が思っている以上に、私たちは大切な存在です。あまりに当然のことのように、居て当たり前と互いを思っていないでしょうか。そうではありません、居てくれる、今日もそばに生きていてくれる、尊い人ばかり…どうか自分を卑下しないで互いに感謝し合えますように。「あなたがいてくれてありがとう」そんな思いを大切にしましょう。

12月2日(火)

 エノクは六十五年生きて、メトシェラを生んだ。エノクはメトシェラを生んで後、三百年、神とともに歩んだ。そして、息子、娘たちを生んだ。エノクの一生は三百六十五年であった。エノクは神とともに歩んだ。神が彼を取られたので、彼はいなくなった。

                   創世記5章21節 

エノクは死なないで、天に戻ったと言われています。彼の生涯を一言で表したのが「神とともに歩んだ」というフレーズです。自分の一生はどんなことばで現わせるだろう。もし「神が彼とともにいてくださった」と言ってもらえたら、私は嬉しい、感謝しかありません。慎ましく主がくださった人生を一日一日歩んでいきます。

12月3日(水)

主よ。あなたは、みことばのとおりに、あなたのしもべに良くしてくださいました。よい分別と知識を私に教えてください。私はあなたの仰せを信じていますから。苦しみに会う前には、私はあやまちを犯しました。しかし今は、あなたのことばを守ります。あなたはいつくしみ深くあられ、いつくしみを施されます。…苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。

                   詩篇119篇65節 

学べる心を持つ人は幸いです。それはきっと、神さまは私を愛してくださっているということを経験で学んだからです。すべてのことに備えれている主の恵み、苦しみや困難からも、怒りや涙からも大切なことを学べますように。

12月4日(木)

信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。昔の人々はこの信仰によって称賛されました。信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。

                   へブル11章1節 

本当に大切なものは、見えないものだそうです。希望と言う将来も見えていません。でも一瞬一瞬に未来も現実になりすぎさっていきます。どうか、この移り行く時の中でも神さまの恵みが備えられていことに気づかされ感謝できますように。この世界があわれみの主の御手の中にあることが、私のただひとつの希望です。

11月28日(金

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

                  2コリント12章9節 

弱いときに私は強いと言ったパウロ。もしキリストなしで言ったら、それは強がりでしょう。私たちはそんなに強くはありません、神を信じるということは自分が強く揺るがない人になるのではありませんでした。ただ「今が一番いい」と思えたら、私たちはキリストの恵みのゆえに強い者です。

11月29日(土)

シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った、「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちは、それがイエスであることがわからなかった。イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べるものがありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。そこで、イエスの愛されあの弟子がペテロに言った。「主です。」

                   ヨハネ21章3節 

何もとれない夜をすごした弟子たち。でもイエス様はそこにもおられました、心配して朝ごはんまで用意して。この朝の景色をペテロは忘れることはなかったでしょう。私もそうありたい。

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