クリスチャンバプテスト教会
Christian Baptist Church
クリスチャンバプテスト教会
イエスは答えて言われた。
「『人はパンだけで生きるのではなく、
神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」
新約聖書マタイの福音書 4章4節
9月1日(月)
さて、ツァラアトに冒された人がイエスのみもとにお願いに来て、ひざまずいて言った。「お心一つで、私をきよくしていただけます。」イエスは深くあわれみ、手を伸ばして、彼にさわって言われた。「わたしの心だ。きよくなれ。」すると、すぐに、そのツァラアトが消えて、その人はきよくなった。
マルコ1章40節
思い感染症に苦しんでいた人がイエス様のところに来ました。当時は一緒に住むことはおろか触れることさえ嫌われていました。なのにイエス様は手を差し伸べ触ってくださり「わたしの心だ。きよくなれ」と言ってくれました。それは「わたしはあなたがいやされることを望んでいる」というお気持ちです。主はこの病どころか私のような者の罪でさえその身に負って下さいました。そのあわれみに触れられて私は今の私になりました。感謝します。
8月26日(火)
「見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。」ヤコブは眠りからさめて、「まことに主がこの所におられるのに、私はそれを知らなかった」と言った。彼は恐れおののいて、また言った。「この場所は、なんとおそれおおいことだろう。こここそ神の家にほかならない。ここは天の門だ。」
創世記28章15節
神さまがヤコブに言ったこのことばを、私は自分への励ましと信じます。そして私のかたわらにも今でも主がおられることを想います。そしてヤコブのように「なんとおそれおおいことだろう」と言えますように。
8月27日(水)
見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。
黙示録21章3節
すべてが新しくされるときのことをヨハネが預言しました。私たち、イエス様を信じた者たちはその新天新地の民となります。この地上で流した涙、苦しんで叫んだことの数々はすぎさってしまうのです。そればかりか、神さまご自身が目の前におられ、私たちを慰めねぎらってくださるのです。私はこのことを忘れないで生きていきたいです。
8月28日(木)
まことに主はこう仰せられる。「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たし、あなたがたをこの所に帰らせる。わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。主の御告げ それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。」
エレミヤ29章10節
神さま、私へのあなたの計画を信じます。たとえ、それが労苦することがわかっているようなものであっても。私がどこで住んで何をしようと、あなたはそこにおられ、平安と希望をご用意くださっています。だから、今日も生きていきます。
8月29日(金)
民は…言った。「いや、どうしても、私たちの上には王がいなくてはなりません。私たちも、ほかのすべての国民のようになり、私たちの王が私たちをさばき、王が私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。」サムエルは、この民のいうことすべてを聞いて、それを主の耳に入れた。主はサムエルに仰せられた。「彼らの言うことを聞き、彼らにひとりの王を立てよ。」
1サムエル8章19節
神さまご自身が戦い、おさめてくださっているのに、民は人間の王を強く求めました。まるで神ではものたりないかのように。その声を聞いて主は預言者サムエルに王を立てることを命じました。自分の要求が通ったからといって、それが神さまのみこころだと勘違いしおごることがありませんように。
8月30日(土)
天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、ほほえむのに時がある。石を投げ捨てるのに時がり、石を集めるのに時がる。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。捜すのに時がり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時がああり、話をするのに時がある。愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
伝道者3章1節
人生には、それぞれ時が定まっているようです。それに抗っては私たちは幸せにはなれません。神さまの御手にゆだねることを学びましょう。
