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 イエスは答えて言われた。

「『人はパンだけで生きるのではなく、

 神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」

                新約聖書マタイの福音書 4章4節

11月3日(月)

あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、キリスト・イエスご自身がその礎石です。この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり、このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなるのです。

                   エペソ2章20節 

家は建てられた時が一番きれいで頑丈です。でも教会という神さまの家は、時とともに成長し美しさを増していきます。それはまるでイエス様のからだのようだからです。弱くても強くされ、貧しくても富んだものにされていく、そこには主の恵みのいのちが流れているからです。そしてあなたも私もその大切な部分です、感謝ですね。

11月4日(火)

 そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、彼に言った。「主はこう仰せられます。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。』」そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて、主に祈って言った。「ああ、主よ。どうか思い出してください。私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前を歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」こうして、ヒゼキヤは大声で泣いた。

                   イザヤ38章1節 

この祈りを聞かれ神さまは、ヒゼキヤ王の寿命を15年延ばしてくれました。私だったらこのような苦しみの時にどう祈れるだろう。自分の行いや歩みが貧しい私が。いいえ、私はこう祈ります。「主イエス・キリストの恵みのゆえに私を救ってください」それでいいのです、いいえ、それが良いのです、きっと。

11月5日(水)

それから、イエスは弟子たちに言われた。「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。」

                   マタイ16章24節 

私たちが良かれと思ってしたいることが本当に幸いな道かはわかりません。イエス様はそんな私たちに「あなたはいのちを見つけましたか」とたずねてくださっています。永遠のいのち、それは今いきているいのちです。でもあまりに私たちが自分が生きたいようにしてるので、生き損ねているようです。だから、今を受け入れて、自分を引き受け、和解しませんか。

11月6日(木)

あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行いを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。

                   マタイ5章14節 

誰にでも光をともすべき場があります。でもそれはたいていの場合、人気のないところです。本人もこんなところで何で私が生きなければいけないのかと思うような境遇です。神さまは光の届かないところに、私たち神の子どもたちを置こう、生かそうと願っています。だから生きることを恐れないでいましょう。

11月7日(金

主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

                    詩篇23篇1節 

私はひとりじゃない、どこに移ろうと主は私とともにいてくださる、これこそ慰めだとダビデは歌いました。主イエス・キリストの救い、それは慰めでした。自分の思いどおりになるように手を貸してくださるこのではなかったのです。たとえ、描いてきた人生ではなかったとしても、「今が一番いい」と言えたらどんなにいいでしょう。そんな幸いを主は、私のような罪深い者にもくださいました。

11月8日(土)

主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。主よ。あなたの造られたすべてのものは、あなたに感謝し、あなたの聖徒はあなたをほめたたえます。

                    詩篇145篇8節 

私の神、私の主よ、あなたの前にいるときだけは私が愛されている者らしくいられますように。礼拝、その時だけはどうかあなたのあわれみによって、私の心とたましいがきよく誠実でいられますように。不敬虔で何の働きもありません、どうかお支え下さい。

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