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 イエスは答えて言われた。

「『人はパンだけで生きるのではなく、

 神の口から出る一つ一つのことばによる』と書いてある。」

                新約聖書マタイの福音書 4章4節

12月1日(月)

愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善に親しみなさい。兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい。…喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣きなさい。

                   ローマ12章9節 

自分が思っている以上に、私たちは大切な存在です。あまりに当然のことのように、居て当たり前と互いを思っていないでしょうか。そうではありません、居てくれる、今日もそばに生きていてくれる、尊い人ばかり…どうか自分を卑下しないで互いに感謝し合えますように。「あなたがいてくれてありがとう」そんな思いを大切にしましょう。

11月25日(火)

 彼らが来たとき、サムエルはエリアブを見て、「確かに、主の前で油をそそがれる者だ」と思った。しかしはサムエルに仰せられた。「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」

                  1サムエル16章6節 

このあとダビデが来て、次のイスラエルの王としてサムエルから油を注がれます。私たちはどうしても偏見や思い込みで相手を決めつけてしまいがちです。でも主なる神さまは外見や能力など一切の人間的なものさしでははかりません。そうなると私なんて本当に外見も内側もだめなんです。だから天の父はイエス様は信じる私たちを義と認めてくださったのです。罪汚れがあっても、きよい者として見てくださっています。心から疑いなく永遠にです。こんなことって他にありません。感謝

11月26日(水)

そして、彼らは主を賛美し、感謝しながら、互いに「主はいつくしみ深い。その恵みはとこしえまでもイスラエルに」と歌い合った。こうして、主の宮の礎が据えられたので、民はみな、主を賛美して大声で喜び叫んだ。しかし、祭司、レビ人、一族のかしらたちのうち、最初の宮を見たことのある多くの老人たちは、彼らの目の前でこの宮の基が据えられたとき、大声をあげて泣いた。一方、ほかの多くの人々は喜びにあふれて声を張り上げた。そのため、だれも喜びの声と泣き声とを区別することができなかった。民が大声をあげて喜び叫んだので、その声は遠い所まで聞こえた。

                   エズラ3章11節 

長き渡った捕囚から故郷に戻って来たイスラエルの人たち、礼拝する声は遠くまで届きました。どうか、私たちの声も周りの人たちに届きますように。

11月27日(木)

兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。

                   ピリピ3章13節 

ふと自分の生きて来たことを振り返ることが最近あります、歳を重ねたせいでしょうか。ああすればよかったのに何でしなかったのかと思うこともあります。でも今の私がイエス様と一緒に歩んできた私だと気づきます、他に私はいません。そして私の前には走るべき道が備えられました。主が行こうと言っています。はい、私はそうしますとしか言えません。でもただ良かったと感じます。

11月28日(金

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。

                  2コリント12章9節 

弱いときに私は強いと言ったパウロ。もしキリストなしで言ったら、それは強がりでしょう。私たちはそんなに強くはありません、神を信じるということは自分が強く揺るがない人になるのではありませんでした。ただ「今が一番いい」と思えたら、私たちはキリストの恵みのゆえに強い者です。

11月29日(土)

シモン・ペテロが彼らに言った。「私は漁に行く。」彼らは言った、「私たちもいっしょに行きましょう。」彼らは出かけて、小舟に乗り込んだ。しかし、その夜は何もとれなかった。夜が明けそめたとき、イエスは岸べに立たれた。けれども弟子たちは、それがイエスであることがわからなかった。イエスは彼らに言われた。「子どもたちよ。食べるものがありませんね。」彼らは答えた。「はい。ありません。」イエスは彼らに言われた。「舟の右側に網をおろしなさい。そうすれば、とれます。」そこで、彼らは網をおろした。すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった。そこで、イエスの愛されあの弟子がペテロに言った。「主です。」

                   ヨハネ21章3節 

何もとれない夜をすごした弟子たち。でもイエス様はそこにもおられました、心配して朝ごはんまで用意して。この朝の景色をペテロは忘れることはなかったでしょう。私もそうありたい。

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